2021.10.07
300年の歴史を受け継ぎ、現代に必要とされる「丹後ちりめん」へ
「丹後ちりめん」300年の歴史
2020年、「丹後ちりめん」は創業300年を迎えた。丹後ちりめんの特徴である「シボ」と呼ばれる生地の表面の凹凸は、光を受けると生地に光と影の独特な表情を浮かび上がらせる。それは、長い年月受け継がれてきた技術が織りなす、丹後地域の歴史と文化のひとつの形と言える。
丹後ちりめんの歴史は、江戸時代に丹後国(現在の丹後地域)に暮らしていた絹屋の佐平治という人物が、丹後国でも縮緬の技術を発達させるべく研究を重ねたことから始まる。
佐平治は縮緬を生む技術を京都西陣で学び、丹後に帰ってその技術を導入。これをきっかけに丹後ちりめんのシボを出すための一番重要な要素である「強撚糸」を織る技術が形になり、享保5年(1720年)、厚手で強いシボが出る、それまでどこにも無かった風合いを持つ絹織物が誕生。その後、丹後ちりめんの技術は丹後地域で広まり、その生地は瞬く間に日本全国から求められる絹織物へと成長した。
天保元年(1830年)創業の吉村商店
その技術は受け継がれ、現在丹後地域は日本全国で6割を占める絹織物産地として知られる。現代において着物の需要が減る傾向にありながら、着物文化の振興とともに、白生地の洋服への応用など新しい「丹後ちりめん」の形、世界への発信、若い世代への文化継承に地域一丸となり取り組んできた。
株式会社吉村商店もまた、新たな絹織物のニーズ発掘に尽力している企業のひとつ。創業は天保元年(1830年)に遡り、絹織物の生産と問屋としての働きを両輪に、陰日向となって丹後ちりめん産業を支えてきた。「技術継承のためにも、丹後地域で生まれる絹織物の新たな流通や必要とされる形を模索していきたいと考えています。その一方で、改めて丹後ちりめんそのものの品質の高さ、シルク100%の特別な風合いを伝えていきたいです。やはり、着物はいいものですからね」と語る、同社 代表取締役社長 吉村 隆介さんと、取締役支店長の堀 孝之さんにお話を伺った。
七代目 代表取締役社長 吉村 隆介さん
取締役支店長 堀 孝之さん
丹後ちりめん業界の歴史における吉村商店
丹後ちりめん業界が全盛期だった1970年代、丹後地域では年間1000万反もの白生地を織っており、その規模は世界最大となった。しかし、オイルショックを起因とする経済低迷や、生活様式の西洋化から、和装産業も生産縮小と値上げを強いられ、国内の和装離れが進んだ。その結果、現在の生産量は28万反となり、生産現場でも若い織り手への技術継承が難しくなっている。
吉村商店も例外なくその煽りを受け、厳しい道のりを辿ってきた。しかし、吉村さんはそんな歴史を振り返りながらも前向きな強い眼差しで「私たち吉村商店の役割は、昔も今も変わらず、絹織物を求めるお客様が望むものを提供していくことだと考えています。今の時代だからこそ、より必要とされる姿勢だと感じます」と話す。
それを叶えるための吉村商店の強みと自負するのは、高品質な絹織物を自社の管理で生産できるということと、どこにも負けない商品数を有する問屋としての働きを兼ね備えているということ。幅広く対応できる体制を維持することが、世の中のニーズに応え、ひいては丹後ちりめんが必要とされる機会を生むことにも繋がると考える。
そんな商品が生産されている、吉村商店の製造部門から独立して設立した吉村機業(株)の工場に一歩踏み入れると、44台もの織機が一斉に稼働していた。古い部品が現在もせわしなく動き、大きな織機の各構造がそれぞれの役割を果たしていた。それはまるで、呼吸し生きているものを見ているようだった。そこで織られる生地には、昔から受け継がれた職人たちの想いが息づいているようだ。
吉村商店の関連会社 吉村機業(株)の工場。44台の織機が稼働する織機音と光景は圧巻。
求められるものを知ると、提供すべきものが見えた
社長が吉村さんに代替わりしてからの5年間で、会社として大きく変わったことがあった。それは、展示会やイベントへの参加を通して、取引先業者ではなく着物のエンドユーザーの声を直接聞く機会が増えたこと。エンドユーザーは、着物の美しさや個性、機能性にこだわる女性が多い。その方々の意見に耳を傾ける中で、今まで『常識』と思っていたことを変えることができたという。例えば、「白生地屋」として品質を保証できることを強味に、自社製品や完成品までの対応を行なうことも始めた。白生地を薄利多売のように卸していた過去とは違う、より個々の需要に対応することが求められているのだ。
長い歴史で培われた技術に、独自に研究した新たなデザインを可能にする織りの技術を取り入れることは得意なプロセス。他にないデザイン性、機能性を持った現代に必要とされる生地を生み出す。「さまざまな絹織物を織ってきて、ノウハウの蓄積があります。吉村商店を必要としてくださるお客様、私たちの商品を愉しんでくださる方々がいます。その方々を大切にしたい思いが強いです」と堀さん。
反物の検品作業も自社内で熟練者が1点ずつ行なう。
美しい丹後ちりめんで特別な時間を過ごしてほしい
吉村商店がふるさと納税に出品するのは、「変わり無地」「新駒無地」「紋意匠ちりめん」の3点を各16色から選べる色味に染め上げることができるというもの。いずれも、色無地、訪問着、留袖、付下げ、小紋など着尺としてさまざまな用途で使うことができる生地だ。それぞれ、生地見本と色見本をお客様へ届け、実物を見て気に入ったものに決めていただける。
「変わり無地」と呼ばれる生地は、「八丁撚糸」という限られた工場でしか作れない糸を使用しており、縮みにくくシワになりにくいのが特徴。触感は、丹後ちりめん独特のシボによるしなやかな肌触りの生地だ。
次に、「新駒無地」は、高品質の糸を使って織る凹凸のない生地。フラットな生地はほんの僅かなキズも目立つため、限られた織り手の技術でないと綺麗に織ることができない。キズなく独特の柔らかい光沢や上品な風合いを出すためには、最良質な糸を使い、高度な製織技術が必要で、友禅染の最高級素材といわれる。凹凸がない分、染めたときの色目がハッキリと出るため、染めの味が素直に表現できる。
そして、「紋意匠ちりめん」は、よこ糸を二重にして地紋の変化と深みを出した生地。二重になって織り出されることにより、光沢のある地紋がはっきりと浮き出て見えて、染めるとその地紋が引き立つ。丹後地方特有のジャカード織機を使用し、様々な組織と組み合わせる事で、細かな地紋を表現している。
「以前、個人のお客様ご自身が白生地と染めの色味を選んで反物を仕上げたとき、『ここまで思っていた通りの商品を作り上げてくださるお店は他にない』と感激してくださいましたよ」と、吉村さんがお客様とのエピソードを教えてくれた。
変わり無地
新駒無地
紋意匠ちりめん
カラーバリエーションは各16色(変わり無地)
吉村商店が考える、丹後ちりめんのこれから
300年の年月の中で、人々の日常の中に彩りを添えてきた「丹後ちりめん」。2020年を節目とし、次の300年へと舵を切った。近年では、各織元による同業他社同士の連携、国内外のデザイナーなど異業種とのコラボレーションによる商品開発など、それまでには無かった新たな挑戦が活性化している。また、工夫をこらし若い世代の着物文化への入口としての役割にも意欲を見せる。それは、丹後ちりめんそのものが「いいものだから身に纏って欲しい」という純粋な気持ちからだ。「着物を着ると、背筋が伸びてしゃんとする。気持ちもなんだか落ち着いて、その日1日が特別な日になる気がしませんか?そういう着物を自信を持って世の中に出したいです」と堀さんは微笑む。
300年の歴史と技術が織りなす丹後ちりめんに袖を通し、特別な日に出掛けてみてほしい。その日が清らかな輝きに包まれた特別なものになるはず。