特集

2023.03.31

木と人が寄り添いあう家具

 1960年、戦後の物資の乏しい時代に「丈夫で世代を超えて使い続けられる家具をつくる」ことを目的に株式会社溝川は創業した。現在も長年使用されてきた家具の修理から、一般家庭のオーダー家具、宿泊施設の建具、近年では都市部の商業施設の什器のデザイン・製作まで、幅を広げきめ細やかな木製品の製造を行なう。創業者である父、高杉 護さんから後を継いだ代表取締役社長 高杉 鉄男さんは、「手づくりのものには魂が宿るので長く使えます。それを大切に使ってくれるような人の手に渡るものを作り続けたいですね」と話す。

 現在、若手からベテランまで6名の職人が同社のものづくりを担っている。全員が、材選び・材取り・成形・組立・削り・仕上げといったおよそ12もの工程を1人で担うことができる技術を持つ。最初の工程から完成をイメージして製造を進めるため、1人で行なうことで顧客のニーズに対しより緻密で確実なものづくりが可能になる。また、大口の案件では複数名で取り組むこともあり、各工程を全員が作業できるため、人手が必要な作業でも協力して補い合えるのが同社の強みだ。大切に受け継がれてきた、ものづくりへの想いとふるさと納税に出品している自社ブランド製品の開発について、高杉さんにお話を伺った。







株式会社溝川 代表取締役社長 高杉 鉄男さん






自社での製造にこだわってきた歴史


 1990年代に、あらゆる製造業が海外での製造に移行し、大量生産が行なわれるようになった。消費活動においても海外製品を安く買い、壊れたら買い替えるというライフスタイルへと変化し、そのニーズに応えるために多くの工務店が既製品の取り扱いを始め、丹後地域でも完全に自社製造を辞めて既製品販売に移る事業者が増えた。顧客のニーズに合わせた一点ものの手づくりを強みとしていた同社にとっても強い逆風が吹いていた。

 それまでのような製作オーダーはほとんど入らなくなり、他社と同様に既製品の仕入れ販売を始めることを余儀なくされ、一時は全体売上の8割にものぼった。それでも、地元に拠点を置いて必要とされるものづくりを続けてきたプライドと、想いを込めた手づくりの良さを伝えていきたいという想いから、同社では自社での製造と技術を継承していくことにこだわり、事業を残し続けた。「先代は頑固なところがあって。時代の流れに逆らってでも、自分の手でものをつくることに強いこだわりを持っていました」と高杉さん。

 頭を抱える日々が続いたが、改めて、自分たちが大切にしてきたこと、自分たちが得意なことを振り返ったとき、一番強く感じたのは「手づくり」へのこだわりだった。安価で大量生産される商品と競争をするのではなく、良いものを長年大切に使いたいという想いで暮らす人々に選ばれる家具を、本格的にシリーズで打ち出せる自社ブランドを開発していこうと決めた。







作業場の風景。職人たちがそれぞれの仕事に黙々と取り組む。










自社ブランド ""KIKOE""シリーズのはじまり


 現在同社が展開する自社ブランド KIKOEシリーズの誕生は、ある展示会を見に行ったときに出会った奈良に拠点を置く若いデザイナー 綾 利洋(あや としひろ)氏との出会いがきっかけだった。展示会で自社の現状やオリジナルのブランド開発について話すと綾氏は高杉さんの話に共感し、その後すぐに丹後に訪れた。何日間もかけて高杉さんが案内して回る中、綾氏は日差しや波によって表情を変える海や豊かに育ち風に揺れる木々から、丹後の自然の強さと魅力を強烈に感じ、「丹後地域の美しさを作品に落とし込みたい」と高杉さんに話した。その想いに共感し商品開発を進めることを決めた。

 しばらくして、綾氏からデザインの提案があった。「彼が提案してきたものは家具や建具の概念から逸脱したものでした」と高杉さんは当時を振り返って笑った。それは、雲の切間から海に光が差し込む様子をイメージして木材の杢目や断面を「斜め」に家具に組み込むデザインだった。(日本の家具・建具の伝統では、杢目(もくめ)は縦あるいは横に「真っ直ぐ」利用することで木材の美しさを表現する)

 木材は気温や湿度で歪んだり収縮したりするため、その性質を考慮して製造を進めるのだが、木材を斜めに切断・接着するKIKOEシリーズでは、木材の接着面が多くなるため通常の木製品よりも剥がれや歪みが発生しやすくなる。木のどの部分を切り取るべきか、どれくらいの強度で接着するのか、強度を保ちつつデザインを壊さず重すぎないようにするための厚みは何mmが良いのかなど、綿密な設計と試作を繰り返した。







KIKOEシリーズで最初に製作した、木材を斜めに使用したローボード






株式会社溝川では、職人が材取りから完成までをほぼ一人で担当する。





KIKOEシリーズに込めた想い、職人たちの挑戦


 常識外れなやデザインで手に取る人を魅了したいデザイナーと、技術で想いをカタチにしたい職人の想いは幾度もぶつかったが、そのたびに互いに唯一無二の製品をつくりたいという共通の想いの中で試行錯誤を繰り返した。何度も失敗したが、少しずつ技術と経験を重ねたことで、それまでになかった協力関係がうまれ、ついにシリーズのラインナップにこぎつけた。

 出展した展示会では、一般の来場者はもちろん、同業者からもからは「はじめて見るデザインですね!」「斬新なデザインですが木のぬくもりもしっかりと伝わってきますね」などと驚きの声を聞くことができた。

 製品化が実現してからは、個人向けにオンライン販売も実施し多くの人の手に渡った。京丹後の自然を表現した他にない放射状のデザインや、柔らかみのある杢目の質感を気に入るお客さんが多いという。オーダーメイドでの依頼も増えてきており、高杉さんも職人たちも手応えを十分に感じている。「この経験があったからこそ、今どんな難題な依頼が来ても『やってやろう』という姿勢が職人から見えるようになりました」と高杉さんは嬉しそうだ。












ふるさと納税で出品の、KIKOEシリーズ「ハナチ」平盆(上)とスツール(下)真っ直ぐな杢目を活かした放射状の模様が美しい。






細部こそ大切にするのが同社の「手づくり」





株式会社溝川の技術と想いの継承


 同社では、難しい製造にも対応できる技術や新しいことに挑戦するマインドを将来の職人へ受け継いでいくため、若手の採用と育成に積極的に取り組んでいる。例えば、未経験でも早い段階で手取り足取り教えながら実際の製造業務で経験を積んでもらう。一人で制作ができるようになれば仕事を任せ、時に手助けをしながら見守る。ものづくりを通して世代を超えたコミュニケーションも生まれ、若手の上達がベテラン職人の仕事のやりがいにも繋がっている。「こうして技術が受け継がれていくことで、手づくりのものづくりをいつまでも残していきたいです。そしてどんなお客様の声にも応えらえる会社であり続けたいです」と高杉さん。

 長く大切に使えるものを作り出すことができる職人を育て、次世代が暮らす環境を守っていく、そんなものづくりの精神が詰まった暮らしにやさしく溶け込む同社の一品を、ぜひ手に取ってみてほしい。