特集

2022.01.07

心に寄り添い、縁を結ぶものづくり ヒロセ工業

「掃除の文化」が根付く金属加工工場

 昔ながらの工場といえば、油汚れや部品が雑然と並んでいるイメージがあるが、ヒロセ工業株式会社の工場は、一歩足を踏み入れた時「ここは本当に金属加工の工場ですか?」と疑うほどきれいな場所だった。床も壁も加工機械も全くと言っていいほど汚れが無く、新品のように真っ白でピカピカだ。白い服、白い工場が汚れない仕事の仕方こそが、技術向上と信頼に繋がると考え、業務と人材育成において“6S(整理・整頓・清掃・清潔・精度・躾)”を徹底しているのだ。「お客様の製品は、高い技術や精度を要するものが多いです。その要求に応えるには、細やかなところまで見逃さず気を配れる精神が必要です。実際に、6Sを徹底するようになってから、お客様の評価も上がり、受注できる仕事の幅も広がり、社員の意識も変わっていきました」と話す代表取締役社長の廣瀬 正貴さんに、お話を伺った。



「ものづくりのまち」としての京丹後を支える、機械金属加工業

 このまちには、「丹後ちりめん」に代表される織物業、四季を通じた自然の恵みをいただく農林水産業と同じくリーディング産業として「機械金属加工業」がある。織物業や農業とともに、太古から脈々と受け継がれてきた知恵と歴史が根付く。日本最古級といわれる製鉄コンビナート(遠處遺跡)や水晶玉・ガラス玉の工房(奈具岡遺跡)を有したまちであり、古の時代から現在に至るまで、「ものづくり」を生業にしてきた文化を時代とともに革新しながら歩んできた。
 市民は5万人ほどの小さなまちだが、市内には約150社もの機械金属加工関連企業がある。金属の切削、鍛造、板金、塗装、装置組立など、ものが形作られる過程や分野それぞれで高度な技術をもって製品を生産。「ものづくりのまち」としての京丹後を支えている。
 金属加工において重要な、設備=最新の装置、人=加工技術、心=積極性を太古から受け継ぎ、地域の中で一貫生産ができる生産体制が整っていることや最新設備の積極的な導入、機械を扱う人材の育成という側面から見ても、全国的に類を見ない地域と言える。



 
 


 
 


 そんな数ある機械金属加工関連企業の中の1社であるヒロセ工業株式会社もまた、昭和43年に創業してから精密加工技術を培ってきた。創業当時は、同地域の日進製作所から受注したミシン部品の金属加工からスタート。いつの時代も常に求められる技術・品質向上への要求に応えるため、新しい機械設備の導入や難しい高精度な製品制作への挑戦を繰り返してきた。現在は、日本全国の顧客から、自動車のエンジンやタイヤのモーター部に使用される部品などの試作加工をメインに受注している。得意とするのは5μm〜10μm(1μm=0.001mm)もの厳しい精度を実現する切削加工。金属は繊細な素材で、薄く削ったり熱が加わったりすると歪みが生じてしまうが、切削方法のアプローチや素材の押さえ方などを幾度も試しながら歪みを抑える加工技術を培い、数々の難しい要求に応えてきた。ヒロセ工業では金属加工を担当する社員はほぼ全員が加工プログラミングから機械オペレートまでをこなす。さらに、既存の顧客からの精密加工を受注をする傍ら、自社製品開発にも積極的に取り組んでおり、印鑑のブランド「縁印」、遺灰入カード型ケース「結心華」が生まれた。
 「丹後のものづくりと言えば、丹後ちりめんと機械加工。特に若い人にとってはどちらも難しいイメージがあると思いますが、ものづくりは世の中から無くならないし、若い人がチャレンジできる場を会社として作りたいんです」と語る廣瀬さん。



ヒロセ工業 代表取締役社長の廣瀬 正貴さん
ヒロセ工業 代表取締役社長の廣瀬 正貴さん


6Sが行き届いたヒロセ工業の工場
6Sが行き届いたヒロセ工業の工場




加工技術とデザインの縁から始まる、自社ブランドの立ち上げ

 数年前、「オリジナルの印鑑を作れないだろうか」と問い合わせがあり、作ってみようかと動き出したのが自社製品開発の始まりだった。「図面通り作る」ことから、「独自に生み出す」ことへのシフトは困難なことも多く、特にデザインを描くことは大きな課題だった。そんな時、世界的デザイナー 鈴木 尚和氏と出会った。「東京で開催されていた機械加工の展示会に出展していたとき、じっと当社の展示品を見つめていたんです」。ものづくりについてお互いの意見を交換し、廣瀬さんと鈴木氏はすぐに意気投合した。
 廣瀬さんは取り掛かり始めていた印鑑のデザインを鈴木氏に相談。「私たちはものづくりのプロですが、デザインは得意ではありません。印鑑がどんどん魅力的にデザインされていく様子はさすがの一言でした」と廣瀬さん。「全て、想いを共有できる縁が繋がった結果生まれたものです。日本の“縁を結ぶ”文化を重んじる意味と、私たちが大切にしている“縁”から、当社の印鑑ブランドを『縁印』と命名しました」。
 印鑑は純チタンの総削り出し。手に取った時の指との馴染み方や重量感、押印したときの印面など、心を揺さぶる製品になるよう、緻密に計算し、デザインした逸品だ。専用のケースも、アルミを総削りしたもの。機能性と実用性を兼ね備えた品物になっている。「若い方の門出や、独立時の記念などに、ぜひ手に取って頂きたいですね」と印鑑を見つめながら廣瀬さんは話す。



 
 


縁印の印鑑・ケースのセット。
縁印の印鑑・ケースのセット。




お客様に寄り添うブランドへ 結心華への想い

 もうひとつ、ヒロセ工業がお客様の想いを形にして生まれたブランドがある。それが、遺灰入カード型ケース「結心華」だ。このブランドの誕生は、地元の方から、若くして亡くなった娘さんの遺灰を身に付けていられるケースを作って欲しいとの相談があったことがきっかけだった。既存の品にはない、財布に入るカードサイズのものを希望されていた。
 廣瀬さんは再び鈴木氏に相談。遺族の想いを大切にしながら、温かみと精密性を兼ね備えたものを作ろうと、共に試行錯誤した。「私のところへ相談してくれたのもまたご縁だと思い、とにかく気持ちに応えようと動きました。納品し、依頼主の方が娘さんと出会ったように喜んでくれた表情は忘れられませんね」と廣瀬さん。
 「その方と同じような想いを持っている人々が、世の中にはたくさんいるかも知れない。その想いに応えられるブランドにできれば」と考え、その後さらにブラッシュアップを行ない、いくつかの形状パターンや名前の刻印の仕様を考案し、自社ブランドとして販売を開始した。「金属を薄く加工すると、どうしても歪みが出てしまいます。この結心華も薄いケース側と蓋側が合わさる構造で、少しでも歪みが出るとはめ合わなくなってしまいます。当社の得意の加工技術を活かし、実際に何度も試作を重ね、実現しています」と廣瀬さんが教えてくれた。



 美しく優しい形が特徴の結心華。
 美しく優しい形が特徴の結心華。


続けていくのは、お客様の想いを形にするものづくり

 創業当時から、お客様の要望に応えることを第一に取り組んできたヒロセ工業。その姿勢を受け継ぎながら、μm単位の精度の向上や多様な形状の加工など、必要とされることを真摯に取り組んできたことが、技術を向上させ、縁をつなぎ、今の姿となって表れている。「やっぱり根底にあるのは、自分たちにできることでお客様へ応えたいという気持ちです。それは、ものづくりの歴史が息づく京丹後の文化でもあると思います」と廣瀬さんは話す。
 数々の商品を開発してきた中で、金属加工やデザインなど分野の異なるプロが連携することの重要性を確信している廣瀬さん。現在は、異業種である丹後の絹織物業者と連携したプロジェクトや、日本の金属加工技術と伝統工芸を組み合わせ、世界に発信していくプロジェクトにも取り組んでいる。「社員が毎日取り組む仕事は“日常”ですが、それに誇りを持てるような仕事を作り出していきたい。それがこの地域をより強くしていくと思います」と、廣瀬さんは将来を見据える。