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2022.06.27

生まれ故郷の海で、笑顔をつくるシーカヤック体験 翔笑璃(とびわたり)

 京丹後市網野町三津区は、美しい海と山に囲まれた静かで小さな地域。数年前までは、早朝から暗くなるまで地域内で響き渡っていた機音(はたおと)も、現在ではところどころから聞こえてくる程度になった。「大敷網(おおしきあみ)」と呼ばれる大型定置網漁も行なわれていたが、漁獲量の減少と後継者不足の問題から2020年3月に終了。区民約300人、高校生以下15人という少子高齢化の進む地域だ。


 そんな三津区で、同地域出身の澤 佳奈枝さんは2020年5月にシーカヤック体験ができる「翔笑璃(とびわたり)」を立ち上げ、翌年にはカフェ「三津の灯台珈琲」をオープンさせた。「私が笑ってできること、環境にやさしいことをする中で、お客さんにも楽しんでもらいたいという気持ちでやっています」と飾らず話す澤さんに、お話を伺った。




 






「私が笑顔になりたい」という想い

 “体験を通して楽しさを伝え、人を笑顔にしたい”という澤さんの想いの始まりは、自身が幼稚園の頃から始めた水泳にある。好きなことに打ち込みながら、指導者からの指南に優しさと厳しさを感じ、「上達する楽しさを伝えられる指導者の仕事に就きたい」と思うようになった。その想いは途切れることなく、専門学校で水泳教師の免許を取得。その後体育教師の免許を取るため大学へ編入し、水泳教室のコーチのアルバイトも始めた。大学卒業後は京丹後へUターンし、地元のスイミングスクールにコーチとして就職した。

 転機はその10年後。スイミングスクールが廃業することになり、ほぼ引き継ぐ形で澤さんが代表となり事業をスタートした。初めての事業運営は、試行錯誤しながらも生徒や従業員がいかに楽しめるかということに尽力した。初めは教えることに楽しさとやりがいを感じていたものの、大人数を取りまとめる忙しさの中で、自分がやりたいことと求められる仕事の矛盾を感じ始めた。「いつの間にか教える楽しさを忘れていて、それが仕事にも出てしまっていました。自分が心から笑顔になれる仕事をしないと、人を笑顔にすることはできないと気が付きました」と澤さんは当時を振り返る。2年間運営した後、「これからは自分のやりたいことで、自分も笑顔になれる仕事をしたい」と決意し、事業を終了した。




出発前のパドルレクチャーの様子。
出発前のパドルレクチャーの様子。




生まれた場所でスタートした“翔笑璃”

 スイミングスクールを離れてからは、心身をリフレッシュさせようと三津の海を泳ぐことが日課になった。幼少期から通ってよく知っていたはずの地元の海には、初めて目にする色とりどりの生き物、透き通る水の中で揺れる植物、不思議な地形の洞窟。「こんなに綺麗だったんだ…。ほとんど人が入ることがないこの場所を、もっとたくさんの人に見てほしい」と、かねてマリンレジャーの経験を積みたいと思っていた沖縄へ渡った。

 半年間沖縄でシーカヤック体験のアルバイトをした後京丹後へ戻り、2020年5月に「翔笑璃」を開業。「事業者名は、笑顔になりたい、笑顔になってほしいという想いから、『笑』という字を入れたくて。『翔』は高く羽ばたくイメージ、『璃』は沖縄のような美しい海をイメージして当て字にしました」と澤さん。そもそも“とびわたり”とは、三津区にある古墳の岬の呼称。その地を拠点として活動していくことの決意から、この名前を取った。

 翔笑璃を始めた頃は、しばらくは漁港周辺のゴミ拾いや設備清掃などの作業をひたすら行なった。いつも挨拶を交わしている区民のお年寄りたちは「何を始めたんだろう?」と不思議そうな目をしていた。「環境が整ってお客さんが来始めると、徐々にではありますが、地元の住民の皆さんが理解して応援してくれるようになりました」と澤さんは微笑む。




いざ、海へ出発。三津の古墳の岬「とびわたり」に沿って進んでいく。
いざ、海へ出発。三津の古墳の岬「とびわたり」に沿って進んでいく。



美しく水が透き通り、つい潜ってみたくなる。
美しく水が透き通り、つい潜ってみたくなる。




三津の海をたっぷり満喫、シーカヤック2時間コースのワクワクアドベンチャー!


 ふるさと納税返礼品として翔笑璃で体験できるのは、「シーカヤックで行く秘密のビーチプラン」。三津漁港を出発し、各ポイントを巡り、小さなビーチで約1時間自由時間を過ごした後、三津漁港へ戻る全2時間のコースだ。

 まず初めに、陸で澤さんがパドルの漕ぎ方をレクチャーしてくれる。前進、後進、左右への方向転換、ブレーキの掛け方など、丁寧に教えてくれるため初めてでも安心だ。

 一通り説明が終わったら、いよいよシーカヤックに乗り込む。シーカヤックは大人1〜2人乗りで、大人2人・子ども1人なら3人で乗ることもできる。最初はふわふわ揺れる感覚があるが、少しパドルで漕いでみると案外すぐに安定し、前進することができた。「後ろの人は前の人に合わせて漕ぐと、よく進みますよ〜!」と澤さん。

 パドルの操作に慣れたところで、いよいよ三津漁港を出て「秘密のビーチ」へ出発。風と波がほとんど無い日には、岬のすぐそばも通ることができる。海上から見る三津のまちや波で削られた岩肌、豊かな緑は、普段見ることができない景色で写真に収めたくなる。身近に聞こえる波音や鳥の鳴き声が、自然との距離をグッと近づける。




真っ暗な洞窟にも入ってみよう!
真っ暗な洞窟にも入ってみよう!



三津の海に流れ着く海洋ゴミについて教えてくれる澤さん。
三津の海に流れ着く海洋ゴミについて教えてくれる澤さん。



ビーチクリーン体験の様子。
ビーチクリーン体験の様子。




自然を楽しみながら、環境への配慮を考えるきっかけづくり


 この2時間コースでは、海洋ゴミが漂着するポイントにも立ち寄り、ビーチクリーン体験も行なう。「楽しく過ごす時間を少しだけ頂いて、海洋ゴミについて考えてもらう機会を作っています」と、澤さんはビーチクリーンをしながら海洋ゴミについて説明してくれる。漂着しているのは、ペットボトルや発泡スチロールをはじめ、大小さまざまで、その場に降り立つだけで問題の大きさを感じ取ることができる。
 地元内外に関わらず、海洋ゴミの実態や清掃している人がいることを知らないお客さんが多く、「実際に海岸ゴミを見てショックを受けました」「知ることができてよかった」「子どもたちと明日からの生活の中で考えたい」という声を多くもらう。「将来もこの綺麗な海を残すためには、と考えることも体験の一つとしてお土産に持って帰ってもらえたら嬉しいですね」と澤さんは語る。




「ゆぎ浜」に寄って約1時間の自由時間。休憩も良し、泳ぐも良し、ビーチコーミング(海岸探索)も良し。
「ゆぎ浜」に寄って約1時間の自由時間。休憩も良し、泳ぐも良し、ビーチコーミング(海岸探索)も良し。



     
帰路、岩の隙間を縫って進むコース。ヒトデやアメフラシがあちこちに見えた。
帰路、岩の隙間を縫って進むコース。ヒトデやアメフラシがあちこちに見えた。




何度でも、また三津に来てほしい


 シーカヤックの事業を始めた翌年、澤さんは同じ場所で「三津の灯台珈琲」という小さなカフェもオープン。観光客が一息つける場所、地元住民の人々が集まり交流できる場所を作りたいという想いからだった。カフェの名前にある三津の灯台は、2021年に設置50周年を迎えた三津地区のシンボル。潮が引いているタイミングであれば歩いて灯台まで行くことができ、海と灯台をバックに撮影できるフォトスポットとしても人気だ。
 澤さんが事業を始めるまで、他府県から観光客が三津区にやってくることはほとんど無かった。1からのスタートだったが、3年目となる2022年、既にたくさんのリピーターが三津の海に癒されたいと訪れている。紹介やSNSから繋がる人々、地元から都会へ出た人々、親から子への繋がりと、その輪はどんどん大きくなっている。
 「三津のことを知るはずが無かった人が来てくれる。ここの美しさ、ここにある問題の両方を共有できたら幸せです。地域住民の皆さん、お客さんと一緒に作るお店にしたいです」と澤さん。他事業者と協力し、環境問題にフォーカスしたイベントやアートイベントの開催も通年で計画している。自身のしたいことと、美しい地域に真っ直ぐに向き合う澤さんと一緒に、自分だけのアドベンチャーに出かけてみてほしい。




三津の灯台珈琲の店内。
三津の灯台珈琲の店内。